1960年代は、AI研究が初めて大きなブームを迎えた時代です。研究者たち
は、コンピュータに論理規則や探索手法を与えれば、人間のような知的行動
第1次AIブーム|1960年代
1960s
を比較的早く実現できると考えていました。ゲーム、定理証明、パズル、数
学問題、自然言語対話、ロボット制御などでデモが成功し、コンピュータが
問題を理解しているかのような印象を与えました。米国のARPAなど政府機関
第1次AIブームと楽
観主義
も資金を投入し、MIT、スタンフォード、カーネギーメロンなどに研究拠点が
形成されていきます。
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成功したデモの中に、人々の心を大きく揺さぶったプログラムがありまし
た。単純な仕組みなのに、なぜ人は「理解されている」と感じたのでしょ
うか。
AIの歴史
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1964年から1966年にかけて、ジョセフ・ワイゼンバウムはELIZAを開発しま
した。ELIZAは心理療法士のようにユーザーと対話するプログラムです。仕組
第1次AIブーム|対話AI
ELIZA
みは比較的単純で、ユーザーの発言をパターンマッチングで言い換えたり、
質問として返したりするものでした。しかし多くの利用者は、ELIZAに感情や
理解があるかのように感じました。これは、AIの能力そのものだけでなく、
ELIZAが示した対話
AIの可能性と危うさ
人間がAIに心を投影しやすいことを示した重要な出来事です。生成AI時代にも
通じる教訓と言えます。
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言葉の世界の次は、現実の世界へ。カメラとセンサーを備え、自分で考えて
動くロボットが登場します。
AIの歴史
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ロボット分野では、スタンフォード研究所のShakeyが登場しました。Shakey
はカメラやセンサーで環境を認識し、計画立案システムSTRIPSを使って行動
第1次AIブーム|ロボット
Shakey
を決める移動ロボットでした。箱を押す、部屋を移動する、目標に向かうと
いった動作を行い、AIが身体を持って現実世界で行動する可能性を示しまし
た。ただし、初期AIの成功は、対象世界が小さく、ルールが明確で、例外が
Shakeyと現実世界
に出たAI
少ない「マイクロワールド」に依存していました。現実世界の複雑さは、や
がてAIの限界として立ちはだかります。
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「限界」はどこから見えてきたのか。最初に大きく躓いたのは、国家が巨額の
期待を寄せた機械翻訳でした。
AIの歴史
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1960年代のAIは楽観に満ちていましたが、現実の問題は想像以上に複雑でし
た。機械翻訳では、米国政府がロシア語文献の英訳に大きな期待を寄せまし
第1次AIの冬|1960年代後半
1966
た。しかし、語順や文法を置き換えるだけでは自然な翻訳はできません。意
味、文脈、世界知識が必要だったのです。1966年のALPAC報告は、機械翻
訳の成果が期待に届いていないと結論づけ、資金提供の縮小につながりま
機械翻訳の挫折と第
1次AIの冬
した。これがAI研究全体への逆風となり、後の「AIの冬」への入口になりま
した。
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逆風の中、さらに追い打ちをかける一冊の本が出版されます。それはニューラ
ルネットワーク研究を長い眠りにつかせました。
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1969年、マービン・ミンスキーとシーモア・パパートは『パーセプトロン』
を出版しました。この本は、単層パーセプトロンがXORのような線形分離で
第1次AIの冬|1970年代
1969
きない問題を解けないことを示しました。数学的には正確な指摘でしたが、
必要以上に広く「ニューラルネットワーク全体には限界がある」と受け止め
られました。その結果、ニューラルネット研究は長く停滞します。1973年の
パーセプトロン批判
と研究の停滞
ライトヒル報告もAI研究を批判し、英国での政府資金縮小につながりまし
た。第1次AIブームは、現実の壁に突き当たったのです。
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資金は消え、期待もしぼみました。しかしこの冬の間に、研究者たちはAIの前
提を根本から見直し、重要な「気づき」に至ります。
AIの歴史
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AIの冬は、単なる資金不足の時代ではありませんでした。研究者たちが、自
らの前提を問い直す時期でもありました。知能とは、単なる探索や論理推論
知識の発見|1970年代
知識
だけではありません。人間の判断には、膨大な常識、経験、専門知識が関わ
っています。医師が診断を下すときも、症状を単純に論理式へ当てはめるの
ではなく、過去の症例、検査値、患者背景、薬の副作用などを総合します。
知能には「知識」が
必要だという発見
この気づきから、知識ベースを用いるエキスパートシステムが注目されるよ
うになりました。
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では、専門家の知識をそのままコンピュータに教え込んだらどうなるのか。
診断や化学分析で実際に試した先駆者たちがいます。
AIの歴史
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スタンフォード大学のエドワード・フェイゲンバウムらは、専門家の知識を
ルールとしてコンピュータに与えれば、限定領域で高度な問題解決ができる
知識の発見|1970年代
MYCIN
と考えました。DENDRALは化学分析データから分子構造を推定し、MYCINは
血液感染症の診断と抗生物質の提案を行いました。MYCINは医師に匹敵する
判断を示したとも言われますが、法的責任や医療現場への導入課題から広く
エキスパートシステ
ムの原型
実用化されることはありませんでした。それでも、AIが専門知識を扱う方向
へ進む重要な転換点になりました。
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知識を扱うなら、知識を書き表すための道具が要ります。そして1970年代
は、「失速した時代」ではなかったことがわかります。
AIの歴史
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1972年には、フランスでPrologが開発されました。Prologは論理プログラミ
ング言語であり、知識を事実と規則として表現し、推論によって答えを導き
知識の発見|1970年代
1972
ます。エキスパートシステムや自然言語処理において重要な役割を果たしま
した。1970年代は、表面的にはAIが失速した時代に見えます。しかし実際に
は、AI研究が「知能には知識が必要である」という重要な教訓を得た時代で
Prologと知識表現
の時代
した。第1次ブームの失敗は無駄ではなく、1980年代の第2次AIブームの燃料
になったのです。
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冬は終わり、AIは再び脚光を浴びます。今度のAIは、研究室ではなく企業のオ
フィスへ飛び出していきました。
AIの歴史
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1980年代、AIは再び脚光を浴びます。今度の主役は、汎用的な知能を目指す
システムではなく、限定された専門領域で実務的に役立つエキスパートシス
第2次AIブーム|1980年代
1980s
テムでした。企業にとって、専門家の判断をルールとして保存できることは
魅力的でした。熟練者のノウハウを組織内に蓄積し、新人でも専門家に近い
判断ができ、業務を標準化できるからです。AIは研究室の夢物語ではなく、企
第2次AIブームと企
業導入
業経営の道具として期待されるようになりました。
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企業を本気にさせた成功例とは何か。そして日本は、国を挙げてどんな挑戦に
乗り出したのでしょうか。
AIの歴史
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エキスパートシステムの代表例が、DEC社向けに開発されたXCONです。顧客
が注文したコンピュータシステムの構成を自動で決定し、複雑な部品の組み
合わせや互換性をチェックしました。この成功は、企業に「AIは使える」と
第2次AIブーム|実用化と国家プロジェ
クト
XCON
いう印象を与えました。日本でも1981年に第五世代コンピュータ・プロジェ
クトが始まります。論理推論を中心とする新しいコンピュータアーキテクチ
ャを開発し、自然言語理解、機械翻訳、知識処理などを実現しようとする国
XCONと第五世代コ
ンピュータ
家プロジェクトでした。
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順風に見えた第2次ブームは、なぜ再び終わってしまったのか。エキスパート
システムが抱えていた、深刻な弱点を見ていきます。
AIの歴史
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